ランナー

(中心を回る男)

マラソンの歴史


「電車と人間に関する一考察」を発表し、その著作の中で、 出勤時に、ホームよりある会社員を到着寸前の列車前に引き寄せようとする誘引力を、例に挙げ、 万有引力の法則を証明した深田和男物理学博士は、この法則を利用することにより、人間は瞬時の長距離移動が可能になると予測した。
深田博士は、この予測を実証するために、線路の側に立ち、列車を待つという実験を繰り返し行った。
数年にわたり、祝日なく実験を実施したが、瞬間移動は発生しなかった。
周囲の中傷の下、焦りを感じた始めた博士は、無意識のうちに電車を追いかけるよう足を動かすようになり、 それを幾度となく続けているうちに、「走る」という今日では誰しもに知られている肉体の働きを発見した。
本来の目的を達することはできなかったが、走るという、生命活動において全くもって無意味な行動に異常な興奮を覚え、全国をひた走るようになり、 彼の晩年となった5年間、この新たなる働きを広める運動に専念した。
しかし、この生命をも縮める要因にもなりかねない「走る」という破廉恥な行為に対して、医学界からの猛反発にあい、 博士は失意のうちに53歳の生涯を終えた。
自由と個人尊重の進んだ現代になり、自己満足のための「走る」という行為への注目が集まるようになり、 医学界もそんな野暮なことは主張することはなくなっていった。
短い月日を経て、マラソン人口が急激に増加し、人々はその成果を披露する場を求めるようになり、 四六時中、マラソン大会が、東京で開催されることとなった。
今日の決まりでもあるマラソン走行距離、42.195キロは、マラソン生みの親、深田博士を長年支え続けていた恋人、 山口紀夫が42年と195日で亡くなったことに因んで決められたもので、由緒があり、その距離に深い意味を込めることが可能ではあるが、 一般的に自由に距離を決めることが許されており、例えば、早朝に1キロの距離を走行した場合、 「今日はちょっとマラソンをしてきた」と宣言することに、社会倫理的に何ら問題はない。
現在、マラソンは、愛好者が増加の一途を辿っていることに加え、 必死にマラソンすることにより、体に負担を与え、生命を短くする要因となりうることもあり、気軽に世界貢献できるスポーツとして、 確固たる地位を築いている。

東京 外苑